食べログと価格.comを運営するカカクコムをめぐって、欧州の投資ファンドと日本のIT大手が数千億円規模の値つけを競い合っている。
EQT対抗、3232円への引き上げ
2026年5月12日、スウェーデンの投資ファンドEQTが、1株3000円(総額約5900億円)でカカクコムの全株式を買い集める手続き——TOB(株式公開買付)を開始すると発表した(EQT・カカクコム各社の適時開示による)。
その2日後の5月14日、LINEヤフーはアメリカの投資会社ベインキャピタルと連合を組み、1株3232円という対抗価格を提示した(LINEヤフー適時開示)。
EQTより約7.7%高く、買収総額は約6400億円に膨らむ。
ただし現時点では、LINEヤフーはまだ「買いたい」と申し出た段階にすぎない。
正式なTOBには入っていない。カカクコムの取締役会は、EQT・LINEヤフーいずれの提案についても現段階で正式な賛否を表明しておらず、「内容を検討していく」とするにとどめている。日本のTOBでは対象会社の取締役会意見が株主の判断に直結するため、今後の表明内容が焦点の一つになる。
5900億円 vs 6400億円。なぜ、食べログと価格.comの親会社にこれほどの値がつくのか。
買収合戦はなぜ起きたか
答えは「データ」だ。
食べログには、全国の飲食店への口コミと予約履歴が積み上がっている。価格.comには、何千万人もの「どの商品を見て、何を買ったか」という購買の記録がある。
こうしたデータは今、生成AI——ChatGPTのようなAIの総称——を賢くするための原材料として、かつてない価値を持ちはじめている。
ただし、皮肉な側面もある。
「おすすめの店を教えて」とAIに聞けば即座に答えが返ってくる時代に、わざわざ食べログを開いて検索する人は減るかもしれない。生成AIは、カカクコムのビジネスを食い荒らしかねない脅威でもある。
カカクコムのデータは、「AIに食われる危機」と「AIを強くする武器」という、相反する二つの顔を持つ。
だからこそ、二つの買い手が同時に手を挙げた。
EQTは「株式市場に上場したままでは、短期的な業績を気にしてAI投資に思い切り踏み込めない」と見ている。だから一度、株式市場から降りること——非公開化——をカカクコムに提案している。
LINEヤフーの狙いは別の場所にある。食べログのデータをPayPayと連携させ、価格.comの購買データをYahoo!ショッピングと結びつける。それが「1億人経済圏」の完成図だ。カカクコムのデータなしには、その絵は描けない。
両者とも欲しい理由は明確だ。では、どちらが手にするのか。
株主の顔ぶれを見ると、LINEヤフーの旗色は悪い。
株主はEQT側についている
カカクコムの筆頭株主であるデジタルガレージは、すでにEQT陣営への応募を表明している(デジタルガレージ適時開示)。
そしてもう一つの大株主が、香港の投資会社オアシス・マネジメントだ。株式の約20%を保有し、事実上の「キャスティングボート」——どちらが勝つかを決める鍵——を握っている。
オアシスは「アクティビスト投資家」として知られる。企業に対して積極的に物申し、株価を押し上げさせることを得意とする投資家だ。
EQTの3000円に応じるか、LINEヤフーの3232円を待つか——あるいはさらに高い値を引き出すか。オアシスがどう動くかが、この争奪戦最大の変数だ。
それでもLINEヤフーが降りない理由
数の論理でいえば、LINEヤフーに分がない。それでも3232円という高値を積み、引こうとしない。
理由の一つは「代替不可能性」だ。
食べログには20年以上かけて積み上がった口コミがあり、価格.comには何千万人もの購買履歴がある。今からゼロで同じものを作ろうとしても、10年かけても追いつかない。
もう一つは「機会の一回性」だ。
EQTが買収を完了した瞬間、カカクコムは海外ファンドの傘下に入る。そのデータはLINEヤフーには永遠に届かなくなる。取り戻す手段はない。
LINEヤフーにとって、今この瞬間を逃すことは「永遠に諦める」ことと同義だ。
6400億円は高い買い物に見えるかもしれない。だが、競合に渡った後に「やはり欲しかった」と気づいても、値段をつけることすらできない——そういう資産がある。カカクコムのデータは、LINEヤフーにとってその類のものだ。
6400億円で何が変わるのか
食べログ・価格.comが経済圏に入る意味
では、LINEヤフーが買収を実現した場合、私たちの生活は何が変わるのか。
一番わかりやすいのは「検索から支払いまで」の一本化だ。
食べログで週末のランチ候補を探し、口コミを確認し、そのままPayPayで予約・支払いまで完結する——今は別々のアプリを使い分けているこの行為が、一つの流れになる。
価格.comでも同じことが想定される。
家電や日用品を比較して選んだら、Yahoo!ショッピングで購入し、PayPayポイントが貯まる。「比較→選択→購入→決済」がシームレスにつながる構想だ。
これはあくまで現段階の統合イメージだが、LINEヤフーが言う「1億人経済圏」の具体的な姿はここにある。
1億人のID基盤とつながる
LINEヤフーはすでに1億人を超えるユーザーIDを持つ。
そこに月間1億人が使う食べログと、数千万人の購買履歴を持つ価格.comが加われば、「この人は何が好きで、次に何を買いそうか」を読み取る精度が上がる。
LINEヤフーが発表しているAIアシスタント「Agent i」は、「代わりに調べて、予約して、支払いまでこなしてくれるAI」だ(LINEヤフープレスリリース)。
食べログの予約履歴と価格.comの購買データが加わることで、「あなたが好きそうな店」「あなたが次に買いそうなもの」の推定精度が初めて実用レベルに達する——それがLINEヤフーの計算だ。
EQTが買収した場合は、この統合は起きない。
カカクコムは海外ファンドの傘下で独自路線を歩む見通しで、LINEやYahoo!との連携は描かれていない。
7月2日までに決まる
EQTはすでに金融庁への届出を終え、正式なTOBを開始している。
買付期限は2026年7月2日だ。
対してLINEヤフーはまだ「法的拘束力のない意向表明」の段階にある。
資金調達や規制当局の審査を経て正式手続きに進めるかどうか、期限までに間に合わせられるかが焦点だ。
最終的にどちらが勝つかは、オアシスをはじめとする大株主がどちらの価格を選ぶかで決まる。
市場では、EQTがさらに価格を引き上げる「再対抗」や、まったく別の買い手が現れるシナリオも排除されていない。
統合か独立か——まったく異なる未来のどちらに転ぶかは、7月2日までに決まる。

